前田紀貞の建築家ブログ

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zoom RSS アルゴリズム建築って嫌いですか? -3

<<   作成日時 : 2014/11/26 19:38   >>

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■設計図を描けない自然

前回は、DNAをはじめとする「設計図」が自然界の中にある、ということを論じ、
「アルゴリズム建築」に於いて、Processingというコンピューター言語は、その設計図を描く手段になる、ということをお話しました。


しかし今回は、やはりあれだけ美しい顔付きを見せてくれる「自然」というものは、それだけで終わるような簡単ではない、
ということについて論じなければなりません。

すなわち、
「自然には設計図は無い」
という側面からの考察です。



ここでひとつの例として、蟻塚が作られる時のシステムを紹介したいと思います。



■トップダウン vs ボトムアップ

この「蟻塚」(蟻の家づくり)が作られる「自然の摂理」は、
「ボトムアップ」と呼んでもいいような創作プロセスによっています。
画像


















上の様な蟻塚が作られる際、
蟻たちは最初からこのような最終的な見事な「(家の)全体像」を予測しながら「制作」しているのでしょうか?
無論、答はNOです。

そうではなくてここでは、
お隣さんの蟻どうしが出すホルモン量や移動の方向、速度、そんな要因による「近隣どうしの事情」(部分どうしの都合)によって、
随時 口にくわえた土の塊をどこに落とすかを決めている、
そういう作業を延々と続けているに過ぎません。
画像


















これは、
明快な「全体像としての青図」(トップ)がまずあって、
その後それを実現すべく、還元主義的に「部分」を計画趣旨に見合うように施工させてゆく
というプロセスなのではなく、

「部分」の関係性・都合(ボトム)がまず先にあり、
次に部分どうしが相互関係互のなかで互いの都合で事を運んでいくうち、
結果、ある瞬間突然、見事な「全体像」が立ち上がってくる、
そういう創作の方法です。

ですからこれは「制作」というよりむしろ、「生成」と言うべきなのでしょう。



これは、(人工の)「計画」でなく(自然の摂理の)「メタ計画」と呼ばれる類に入るものです。

この後者のプロセスを、「部分→全体」なる順番に従うということで、「ボトムアップ」と言うことがあります。

一方、その反対の「トップダウン」とは、
「まずは全体像(青図)ありき」のプロセスです。
これこそ、近代までの「制作」の手法、そして未だもっての建築の設計方法、
すなわち「全体→部分」という順番に従った方法です。
僕達が慣れ親しんでしまった(建築の)「制作」というもののプロセスは、無論、こちらに属します。
それはあくまで、「摂理(メタ計画)」でなく「人工(計画)」に属します。




では、この蟻どうしの間にはどのような都合があるというのでしょう。
これについて少し説明をしてみたいと思います。


「メトロノームの振動」を挙げてみます。
まずは、以下のYou Tubeの動画を見てみてください。
http://bit.ly/1pfAv8b


これは、64個のメトロノームを最初はランダムに動かし始めたものの
※初期状態ですべての振り子はバラバラの位置にあります
画像















僅か3分ほどで、64個すべてのメトロノームの振動が同じ振りになる
※すべてが左側に触れています
画像
















という映像です。

なんでこんなことになるのでしょうか……。


その前にもうひとつ、2本のロウソクの炎が燃える時の現象も御覧ください。
http://bit.ly/1wak3KB

これらは、左右のロウソクが同じ形になったり、全く逆の形になったり、まるで生き物のように共振し変化している様子がわかります。
画像















これらは、「リズム同期」として知られている有名な現象例です。

「リズム同期」とは、ふたつのリズム(メトロノーム・炎)があった時、それらが互いに干渉しあい、共振を起こす現象をいいます。

自然界のなかでは、違うリズムどうしが近接してある場合、
それら両者が、あたかも生き物のように互いの行為を確認し合うようにして同じ振る舞い始める、という現象が起こります。



他にも多数のホタルが同時明滅する現象、大した強風でもないのに大きな橋が崩落する現象(タコマ橋)などもこれに属し、
ひいては、心臓のペースメーカーなどはこの「同期現象」を逆利用することで、不整脈を打つ心臓を正常な心拍を刻む機械(ペースメーカー)と同期させ治療しようとします。

先の蟻塚の蟻どうしの都合、すなわち相互関係も、こうした互いのリズム同期に似た種のものがその根があると考えられます。

つまり、自然とは“まずは全体像ありき”の連続的でトップダウンの方法でなく、
この蟻塚の作られ方のように、個々の部分が離散的に相互関係し合う、そんな“お互い様の関係”から導かれてきた結果、
その結果としてある全体像が突然表出してくるようなものといえます。

決して最初に設計図ありき、ではないのです。



■非線形

因みに、
こうした従来の計画的視点・還元論的視点だけでは説明不可能な現象を「非線形現象」と呼ぶことがあります。

「非線形現象」とは「線形でない現象」という意味ですが、
簡単に言ってしまえば、

=「線形」とは数学のグラフで「直線」(比例関係:左図)
を示しますが、
=「非線形」とは「直線」でないもの(右図)
をいいます。

イメージとしては、
=左(線形)は簡単にこのグラフの先が予想できそう
=右(非線形)はこの先がどうなるかわからなさそう


※ちなみに右のグラフはただの滅茶苦茶を書いたのではなく、「こういう振る舞いをする現象である」と考えてください。

です。
まずは、そういうとらえ方が大切です。

画像











では、両者の何が違うかといえば、

「線形」の現象というものは、上のグラフを見てもわかる通り、
この先ある時間経過した時の物の状態は充分に予想可能ということです。
これは、直線グラフの振る舞いを予想して「計画的」に解析できるものです。

風速5m/sの時に樹木の枝が 5cm揺れるのであれば、風速が倍の10m/sになれば揺れは倍の10cmになるという時、これが線形現象です。比例関係でその先は予測できます。
この「線形」現象は、ある方程式が得られれば、それに(左から)数値を代入すると、
結果が(右から)「自ずから(おのずから)」自動的にと出てくる、
というもので、そのイメージは下の絵のような感じです。
僕たちが高校くらいまでに習った方程式はすべて、代入すれば答が出るというこんな感じでした。

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一方、「非線形」の現象は、上の2つのグラフの比較からもわかるように、
この先の行く末の予想が非常に困難であることが特徴です。

つまり、「(グラフの線の挙動に従って)計画的に対象の動きが予想しにくい」、
ということであり、それはあたかも「(自然の側で)勝手に自分の行いを決めてしまう」という自己組織化してゆくイメージです。

画像










川の水面が穏やかな時は、風速1m/sで1cmの波、2m/sで2cmの波となり線的にその先も比較的容易に予想できるのですが、
風速や障害物などの“ある条件”が整った途端、突然、渦巻という「文様」が発生してしまうことがあります。
この突然発生してくるあたかも生き物のような秩序、これが「非線形状態」に入った時の顔つきです。
これは線形状態(穏やかな水面)では想像できない状態です。

天気予報(雲の動き)の予想が、数時間後くらまでであれば確実に当たるのに、1週間後では非常に予測困難になってしまうことも、そうした非線形の性質(自分で勝手に自分の挙動を決めてしまうこと)に起因しています。

他にも、ウロコ雲やオーロラやシマウマの模様など、僕たちが「自然には勝てない」と思わざるを得ない見事な秩序には、ほとんどの場合、この「非線形状態」が関与しています。
だからこそ、僕たちは「自然の見事さ」を少しでも建築に引き入れる為、敢えてこの厄介な秩序に戦いを挑みたいのです。


そんな複雑で予測困難な自然現象のことを、近年の科学では「バタフライ効果」と呼んでいます。
「ヒマラヤで羽ばたいた蝶がニューヨークに嵐を起こす」
というメッセージは「バタフライ効果」の有名な文句です。
最初(初期状態)にはほんのわずかの違いでしかなかった現象の違いが、
時間が経つうちにその違いがどんどん増大してゆき、
ある閾値を超えた瞬間、予測すらできなかったようなとんでもない破局的事態ともいえる結果を引き起こしてしまう、というような類の現象です。
最初は小さい雪の欠片が山の斜面を転がり落ちるうちに、とんでもない巨大なスノーボールになるようなイメージで、これを「初期値依存」という言い方をします。

こちらは下図のように、現象を示すシステムがあっても、単純に左から入り/右から出るので予測可能です、という一般化がおこりにくいシステムといえます。

つまり、自分で出したものをもう一度、自分自身で食べてしまうことをするからです。
だから、人間の脳の把握できる秩序からしたら、全く気まぐれな振る舞いをするのがこちらの「非線形」の特徴です。
画像










ここで、

=線形はわかりやすい
=非線形はわかりにくい


「だから、非線形は嫌だ」と感じてしまうのも無理はないことでしょう。
でも実は、「自然」というものは、

=最初は線形状態
=しばらくすると非線形状態
=そしてそのうち消えてゆく


となるのがそのおおまかな正体です。先の川の水面の渦巻みたいに。
台風の渦もそうですが、最初の最初は穏やかな気圧の線形的な密度差があるだけです。無論この状態では未だ線形状態です。
それがある閾値を超えた途端、あの物凄い生き物のような凶暴な渦の秩序を生成し、ここで非線形状態となります。非線形状態となってある秩序感を創出するのです。
そしてそれが猛威を振るい、少しして陸に上がると再び温帯低気圧となってその渦巻の秩序は消滅してゆきます。

繰り返しになりますが、非線形状態とは方程式に代入するだけで単純に結果が出てくるようなものではなく、そのどこかに「自分で自分のことを作る」という振る舞いを内包します。

ある一定の秩序感があるにも関わらず予想できない、計画できない、、、、、、
でもだからこそそこに「自然には勝てない」という顔つきが現われてくるのです。



■非平衡 開放系

もう一度確認しますが、
自然の殆どはその初期段階は「線形的」な振る舞いをするが、
ある閾値を超えて「非線形状態」に入った瞬間、
あの筆舌に尽くしがたい美しい模様や秩序を創り出す

ということです。


この激変は「創発」という言い方で呼ばれます。

それまで(線形状態)とは全く違ったある特別な顔付き(非線形状態)が突如として現われ出てくる、
というある意味不可解な振る舞いです。

要は、僕たちが
「自然は奥が深い」、「自然には絶対に勝てない……」、「これ(自然)って、誰が設計したの????」
と驚嘆するのは、
この「非線形状態」に対しての感想であるということです。

建築の秩序を創り上げようとする際、是非とも「自然」を参考にしたくなるというのも、
こうした秩序のなかにある何かに、僕たちが魅力を感じざるを得ないからなのです。
そんなこともあって、僕達はこの「非線形」の秩序を、これからの「建築の創作」に取り入れてみたいと考えます。
僕自身は、もはや自分が創り出すものに信頼を置いていません。そうではなく、遥かに広く複雑な、でもあまりに見事な秩序を展開してくれる「自然」というものがお手本としてあるのなら、それに謙虚に従いたい、と思うだけです。



そして、これらの秩序を比較的容易に相手にできる手法が「アルゴリズム」ということになると思ってください。雑な言い方ですが、まずはそんな理解からで良いと思います。
※上記の本当のところの詳細は、次の回にお話します。つまりこれがアルゴリズムと付き合う作法の要となるなのですが、「計画できないものを“アルゴリズムという計画的手法”によって一体どう扱うというのか?」という矛盾です。

更に言えば、自然の現象秩序に近づくには、「アルゴリズム」という手法が適している、と解釈していただいてもさほど間違いはありません。



さて、ここでひとつ追加として、

「非線形状態」に特徴的なのは、しばしば、それが「開放系」という状況設定に於いてである
ということです。


「開放系」とは「閉鎖系」と対になる言葉です。

「閉鎖系」とは、ある現象が実験室の中で行われるように、その外部からの流入も、外部への流出も無い、理想的な「閉じた世界」の中で発生する現象のことをいいます。
私たちが扱ってきた古典物理学は、その殆どがこの「閉鎖系」を前提として扱われます。
例えば「自由落下の法則」は、高校の時分には空気抵抗を考慮しないで閉鎖系のなかで理想的に検証されていました。


対して「開放系」とは、
いつもその系に、何かしらの流入があり、と同時に何かしらの流出がある系での、
いつもそこに“動き”のある系の設定をいいます。
つまり、「開放系」は閉じておらず、そこでは、力の迂回路や起伏構造が設定されており、
「外部とのやり取り」がある開かれた状況という意味です。

そうしたとき、そこでは先に述べたような、不思議に系の側、系自ら(みずから)が、自分自身の秩序を組み替えてゆくような運動(自己組織化)を起こし始めるのです。

そんな動的でダイナミックに変化する(外部に開かれた)「開放系」は、
身の回りには沢山あります。
例えば、「地球」も「人間」も、「開放系」の典型例です。

「地球」は、外部である太陽から熱エネルギーを得て、その後、外部の宇宙へ赤外線を放出しています。
「人間」は、外部から食べ物を得て、外部へ排泄物その他を吐き出しています。

「地球」も「人間」も、一見、いつも変わらぬ同じような顔付き(秩序)を保っていると思われがちではありますが、
実は、いつも瞬時瞬時にその性質は時々刻々と変化しています。
人間の細胞は6ヶ月から1年ですべてが入れ替わります。つまり、1年前のあなたと今日のあなたを作っている部品はすべてが違うものである、という意味です。それでもあなたは「私」といい続けますね。


「変化しながらもそこにある一定の秩序感があること」
これが、時々刻々と移ろってゆく動的な開放系に於ける「非線形」秩序の特徴です。

そして、流入/流出のバランスが変化しつつも、それでも一定の秩序が保たれること、
これが開放系に於ける動的秩序と呼ばれます。

鱗雲も、ある一定の期間あの鱗模様を生成しますが、しばらくすれば離散してエントロピーが増大する方向へ消えて行ってしまいます。
人間も同様、宇宙のなかでこれだけ見事が秩序が一瞬だけ生成してくることは事実ですが、
100年も経たないうちにそれはエントロピー増大の方向へ消滅してゆきます。地球であれ例外ではありません。
いずれも開放系のなかでの非線形的な振る舞いをしつつ、ある一瞬だけ見事な秩序感を呈しているだけなのです。



■入ること/出ること ・ 作られること/壊されること

この「開放系」での
「入ること」と「出ること」。

言い換えれば
「作られること」と「壊されること」。

この相反する力の対極のバランスこそが、「動的な秩序」を産み出す原因となります。


ひとつのイメージとして、
“満水になったバケツにホースで水を注ぎ続けている状況”なるもものを想像してみてください。

画像















そこでは、水はホースによって注ぎ込まれると同時に、その水はバケツから溢れ続けています。
でも、一見した見た目には「バケツに満杯になった水」という一定の顔付き・秩序が、保たれ続けていますね。

この状況のなかで、現象はいつも変化し動いており“常で無い”(無常)でありながらも、
その「一定の秩序」(満杯になったバケツという顔つき)が変わることはありません。
動きながら動いていない様相を呈しています。

こうした「入る」と「出る」という対極の運動がいつも絶えることなく同時に行われながらも、そこにはある一定の秩序がある、
そういう、「開放系」(出ると同時に入る)のなかにありながら、「平衡状態」に無いながらも生成してくるものが「動的な秩序」なるものを形成します。
秩序というと「いつも変わらぬもの」と思いがちですが、「非線形的秩序」とは、「動きながら(無常でありながら)一定の秩序を保ち続けるシステム」のことをいいます。


この世界にある「秩序」とは、静的な状況でのみ現われるのではなく、
動的でいつも変化し続けている状況下でも顔を出してくる


そういった、いつも飛び散り散逸しているように見えながら、
それでもそこにある一定の秩序を保つようなシステム、
このことを「散逸構造」と呼びます。


僕達が、「自然って凄い!!」と感じるあの顔付きというものは、殆どの場合、その裏にこの散逸構造が潜んでいます。
「入って出る」という非平衡の状態にありながら、ある期間一定の秩序を保ち続けているのです。


こうした、「非平衡の開放系」で秩序が創発する例として、
液体の熱対流や脳内神経ネットワークの形成、先のローソクの炎等がありますが、
私たちが参照すべきは、こうした動的平衡状態としての秩序を、建築の秩序化へ翻訳させるビジョン

ということになります。

建築の秩序は長きに渡って「静的な秩序」を手にしようと模索してきました。それが近代建築までの建築家の働きです。
でも、これからの新しい建築では、「動的な秩序」へこそ目が向けられるべきだと、僕は考えます。
そしてそれに「アルゴリズム」が大きく関与することができる、
とここで申し上げたいと思います。


ここがとても重要なところです。





前回の「設計図としてのDNA」の回では、
とてもシンプルな「ルール」によって計画的に生命体が設計されることを述べるものでありましたが、

今回の趣旨は、その計画性と同時に、

自然界に於ける形態や文様が産み出されるシステムの裏には、
「予測不能・計画不能の事象(結果)」を産み出す為の、
メタ計画的な(ボトムアップ的な)摂理が働いている


ということ、

「自然界には相反する両極の創作システムがある」
このことをわかっていただきたいと思います。

それもこれも、結局はそうした自然の奥深い振る舞いを、なんとかこれからの新しい建築(現代建築)へ翻訳してみたい、というビジョンが底にあるのです。




次回は、
設計図を持たないのにどうして秩序が形成されるのか

について、そして

非計画的な現象がどうしてアルゴリズムという計画的手法で扱うことが妥当なのか

についてです。



いよいよ、アルゴリズムについての佳境に入ります。




■建築家 前田紀貞

【前田紀貞アトリエ一級建築士事務所 HP】


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